NBM

今回も愚痴OTさんのブログ「作業療法士の愚痴」
「作業バランスについて」でコメントいただいた「ナラティブアプローチ」 について考えてみたい.

Narrative Based Medicine.
これはEBM:Evidence Based Medicineの対抗概念として,その名をちょっとかじった程度の理解で,私はあまり深く知りません.
愚痴OTさんの言われる「ナラティブアプローチ」とNBMとが,必ずしも同じものではないかもしれませんがご容赦のほどを.

私は元々エンジニアで,機械が好きで...
それにHA:Hospital Automationの仕事を通じ,人間ドック施設向けの情報処理システムなどを作っていましたから,どうしても統計学的考え,つまり「多くの人はこういう傾向があるから」というような見方に,思考が偏りがちなのです.
大多数の工業生産物はそうして生まれますし,そういう品質管理がなされます.

しかし,心電図の信号処理や自動解析プログラム,血圧波計,さらには手のひらの汗の経時波形を見,また医系の大学で人間を対象に研究をした時,医学を教わった時,
いかに人間というものが千差万別であり,いくら綿密な統計データを使ったところで,
その範疇には収まらない,それぞれ個別性を生かした解釈をしないとどうにもならない,
そんな人がたくさんいるのだという経験を,痛いほどしてきました.
また本サイトの1つのテーマである心の問題に関してはなおさらです.

EBMは90年代頃から医学・医療の世界で盛んに叫ばれ,
最近ではそれがないと,行政,政策の中には加われない.
ディスカッションすら参加できない.そんな傾向さえ出てきました.
確かに科学的根拠は大事です.
でも,それに当てはまらないからと,切って捨てるのもどうなのでしょう?
この考え方の根底は統計学.
多くのデータを集め分析し,その集団としての傾向を見つけ出して,そこから外れるものは..とする.
もう随分前になりますが,私の所属している学会の1つ日本総合健診医学会の中でも,
「正常値」という言葉は適当でないから「基準値」に改めようとか,
「個人の正常値」なんていう言葉が議論されたことがあります.
検査値を統計的に見ながらも,個別性を取り入れて正常/異常を判断しようという,そんな見方をしていこうというものでしょうか..
それには,また個人のデータの推移が必要ということにもなるわけですが...

医学という学問の世界において,科学的根拠は非常に重要です.
しかしそれが臨床現場となるとどうなのでしょう.
昨日の「人間作業モデル 」の中でもお話しました住環境の問題.
リハの分野ではCommunity based PT,地域理学療法とでもいうのでしょうか,
そういう地域特性に対応した,個別の,home basedも含めたリハ.
当然自宅と通所施設とでは設備も環境も異なりますし,こういう細かい部分の対応をEBMでやろうとすると,莫大なデータベースが必要になる.
その構築が現実面で可能かという問題,あるいは,それでもなお当てはまらないケースは出てくるわけで,こういうところにNBMの考え方は,非常に重要になるのかもしれませんね.
医療者に経験として蓄積されたノウハウの部分かもしれません.

急速にお年寄り社会となっていく日本において,これら解決のためのアプローチ方法をどうみつければいいのか,我々自分の身に切実にかかってくる話でもあり,なにかしら糸口を探し出しチャレンジしていきたいと思っています.

この記事へのコメント

愚痴OT
2005年11月30日 23:17
いつもありがとうございます。
ナラティブアプローチはNBMそのものの実践ですので、
NBP(Narrative Based Practice)でしょうか?
一応そういった意味で使用しております。
EBMを補完する方法としてNBMが注目されていますね。どちらかでなく、どちらも大事なんだな~と日々の業務の中で実感していたりします。
ぷろPT
2005年12月01日 13:19
そうですね、統計の優位性ばかり追求していると、細部がわかりませんね。EBMでは症例報告の信頼性のレベルが低いのですが、ゆう星さんの仰るとおり、丁寧な症例検討の積み重ねも大切ですね。人の動作、行為など本当に計測できる機器がない現在では、余計にそのように感じます。ナラティブアプローチももっと注目されるべきですね。
ゆう星☆
2005年12月01日 18:47
>愚痴OTさん
なるほど,NBP...
どちらもうまく取り入れられたらとは思うのですが,根本の考えが違いすぎ,相容れられるのかな?
ゆう星☆
2005年12月01日 18:52
>ぷろPTさん
> 人の動作、行為など本当に計測できる機器がない現在
といわれると,エンジニアの血が騒いだりして(^^)
ぷろPTさんの言われる動作,行動というのは,どういうものを想定しますか?
私は幾度も書いていますが,日常活動度を上げていただくような動機づけやフォローアップなどについても研究しています.そこにおいては,例えば歩数計や,さらには活動強度の時間的推移までも観られる機器を用いたりします.
その人の日常生活ベッタリ観察なんてできませんから,そういうもののデータを,あくまで参考ですが参照し,その方の日常を推測した上で介入します.これは歩けないと意味をなしませんが...
ぷろPT
2005年12月01日 21:42
ゆう星さんの血を騒がせてしまった(怖)。
活動という量的なものは確かには測定可能な場合はあるのですが、行為などの質的なもの評価はなかなか難しいと思います。PTでも評価は定量的なもの、定性的なものと行いますが、後者は主観が入り、なかなか難しいですね。でも、それは本当にマイナーな問題で、生活ってもっと持続的な連続性のあるものですからね。トータルで診ていく必要があると思います。
ゆう星☆
2005年12月01日 23:43
そうですね.行為は..なおかつそこに意欲の問題や精神活動が伴うとなかなか..
おっしゃるように定性となると,評価者の主観は除けませんよね.
QOLをみるのにSF-36なんて包括的尺度がありますが,どうなのでしょう?
あとトータルという部分.全人的に診るとでもいいますか,そんな診方を心身医学ではします.

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